top

2009年10月11日日曜日

僕らをつなぐもの

 

僕らをつなぐもの、それはインターネットを介して始まった。

 今から1年前の夏、日本にもiPhoneが上陸して一部では盛り上がっ 

ていた。

僕はずっと欲しかったので迷うことなく購入した。 iPhone

は携帯電話ではなく、手のひらサイズのパソコンといってもいいぐらい

の性能がある。少しおおげさかもしれないが、それくらいのインパクト

を僕たちにもたらした。機能では日本の携帯電話のほうが抜群に優れて

いるにもかかわらずだ。

 そしていろいろいじっているうちに様々なアプリケーションが登場し

てきた。いまでは6万5千種類にも及ぶ。そのなかで僕がお気に入りな

のは撮った写真を世界中の人に公開してシェアできる投稿アプリケーシ

ョンのBig Canvas PhotoShare(ビックキャンバス フォトシェア)

だ。

 誰でも今撮ったばかりの写真を投稿して公開でき、他の人が撮った写

真を閲覧してコメントすることができた。気軽に、簡単に。そしてコメ

ントを通じて世界中の人とコミュニケーションできるのが一番の魅力だ

った。地球の裏側に住んでいる人と会ったこともないのに、iPhoneを

使ってまるで友達のようにコミュニケーションできるなんてと最初は感

激していた。

 毎日のようにスナップ写真を撮っては公開し、コメントをもらう。ま

たお気に入りの写真にたいしてコメントする。そんなやりとりが続いて

いた。そんななか、一人の日本人女性の写真に目が止まった。

 彼女のネームはMeguといった。ちなみに僕はKohだった。Meguは

本当に素敵な写真をたくさんアップしていた。小さな小物からキャラク

ターもの、街の風景、なにげない日常を切り取った写真の数々。

 どれもが僕のココロをくすぐるものばかりでますます気になっていっ

た。もちろんお気に入りに加えて毎日チェックしていた。彼女のアップ

する頻度は他の人とくらべてもダントツで多かった。1日に何十枚も公

開している日もあったくらいだ。だから彼女の1日の行動が写真を通じ

てそれとなく分かるようになっていった。あまりにもプライべートを公

開していてこっちの方が心配になってしまう。でも特定の住所が分かる

画像やプライベートなものはさすがにアップされていなく、彼女もその

辺は心得ていたはずだ。それにしてもすごすぎる。

 ある日の写真は、朝、自宅の部屋で出勤前に鏡の前に立ち、顔がうま

く見えないように撮っていた。コメントが「支度ちう」だ。

 彼女のファッションセンスは素晴らしかった。僕好みといってもいい。

よく足元の写真をアップしていたので靴がセンスのいい物だなと感心し

ていた。ファッションは足元からとよくいったものだ。

 それよりも僕が何か一緒の感覚といったらいいのか、同じ価値観をも

っているなと感じる写真が多かったのがココロに引っかかっていた。ま

さか同じ本や映画をたてつづけに見ていたなんてそうあるもんじゃない。

どういったらいいのかわからないが、彼女のもっている世界観が、僕の

ものとリンクしているといったところか。とにかく彼女が気になってし

かたがなくて仕事にも集中できず、休憩中やお昼休み、家に帰ってから

も彼女の写真ばかり見るようになっていった。

 冷静に考えると、これってやばくないか、ヘタをしたらちょっとした

バーチャルストーカーじゃないか。いやバーチャルではないな。現実と

妄想の狭間か。僕は自分を戒めた。これ以上彼女の写真に深入りするの

はよそうと。

 そしてこれで最後と決めて一番お気に入りの写真にコメントした。

 「Meguっておとこまえだね」



コメントがココロを動かす


 「こらこら、一応これでも女だぞ」Megu

彼女のコメントに対する返答が書き込まれていた。いつも一行ですべて

を表現している彼女の写真のタイトルに僕は惹かれていた。今ではあた

りまえのように皆が使うようになった「○○○なう」も「○○ちう」も

彼女が使い出したからここまで広がったように思う。

 僕は正直に書き込んだ。

 「Meguの顔が見たい」Koh

 しばらくして1枚の写真がアップされた。Meguの顔写真だ。しかし

上からのショットでまぶたを閉じているためハッキリとわからない。

 まつ毛が長いな、と思った。きれいな肌をしている。あごが小さくきゅ

っとしている。ヘアスタイルがボブっぽいのも僕の好みだ。

 「瞳が見えないよ」Koh

 「今日はここまで」Megu

 「もったいぶるなあ」Koh

 「Kohが見せてくれたら私も見せる」Megu

 そんなコメントのやりとりを他の人につっこまれる。なかなか手強い。

 「僕の顔を見てノーコメントとか言わないでよ」Koh

 「見てから決める」Megu

 「よし、とっておきの一枚を撮ってやる」Koh

 僕は鏡の前に立ち、iPhoneのカメラで自分自身を撮った。顔がはっ

きり映るように角度に気を使いながら。

 顔を出すことのリスクはインターネットをやっている人なら分かると

思うが個人情報としてプライバシーをさらけ出すことになるので公開す

るのは勇気が必要だ。世界中の人が僕の顔を見ることにもなる。

 Meguの一言が僕のココロを動かした。投稿の完了を押す。

 「あんま、見るなよ」Koh

 公開しておいてその言い草はないだろと思われてもしかたないけど、

正直照れくさかった。

 しばらくしてコメントが書き込まれた。

 「Kohもおとこまえじゃん」Megu

 「もってなんだよ、もって」Koh

 僕は恥ずかしくて顔が熱くなっているのに気づいていた。

 「今度はMeguの番だよ」koh

 しかしその日はそれ以降Meguの写真はアップされなかった。あれだ

け期待させておいてそれはないだろと思っていた。くそっ。やっぱずる

いな、女は。


 それからしばらくはなぜかMeguの写真はアップされなくなっていた。

僕は気になっていたが仕事があまりにもいそがしくてチェックする日も

だんだん少なくなっていたのだ。僕自身もアップしていなかった。

 するとある日、久しぶりにフォトシェアを開くと、Meguの写真が大

量にアップされていた。なんと海外へ行っていたのだ。しかも西海岸だ。

アメリカはロサンゼルス。青い空と白い雲。いくつもの海岸線の写真は

どれも美しいものばかりだ。空港に着いてからホテルまでの道のりや、

景色をこれでもかとばかりに公開していた。ほんと、マイペースだね。

自由人だな、Meguは。僕はうらやましくも思えた。実際仕事もなにを

やっているのか分からなかったし、海外へ行く目的など知るよしもない。

 ただ、写真の撮り方が非常にうまかったのでプロのカメラマンか、写

真家かとも思った。いつだったか自分のカメラをアップしていたことが

あり、高そうな一眼レフを見たことがある。あくまで予想の域を超えな

いが、雑誌などの出版関係かなとも思ったりもした。

 ロサンゼルスの写真はそれから1週間ばかり続いてアップされていく。

うまそうなハンバーガーが登場するカフェやおしゃれなブティック、か

わいい雑貨屋さん。そこで売られている小物たち。ファンキーな兄さん

やポップなお姉さん。いい年のとり方をしている老夫婦。かわいくない

赤ちゃん。まっすぐのびているフリーウェイ。たくさんの風車がどこま

でもくるくる回っているパームスプリングスの風景。

 どれも僕を疑似バカンスへ連れていってくれるものばかりだ。いいな

あ、Meguは。

 「いつ日本へもどるの?」Koh

 「明日」Megu

 「おみやげは?」Koh

 「いっぱい買ったよ」Megu

 「僕のもある?」Koh

 「これでいい?」Megu

 そうコメントした写真に映っていたものは手のひらにちょこんと乗っ

たスマイルマークの黄色いバッジだった。

 僕はうれしくなった。うそでも僕のためにおみやげを買ってくれたな

んて。小さい手のひらにかわいく微笑んでいるスマイルくん。ほんとう

にくれたらいいのに。僕はたまらなくなってコメントした。

 「明日、迎えにいくよ」Koh

 「夜遅いよ」Megu

 「ぜんぜん平気だよ」Koh

 「私のこと見つけられる?」Megu

 「絶対見つけるよ、成田だよね」Koh

 「十時成田着、ノースウェスト305便ね」Megu

 「かならず見つけるから」Koh

 僕は興奮していた。Meguに会えるのだ。まだ顔も知らない何をして

いるかも分からない女性に知らず知らずの間に恋をしていた。はやく明

日にならないかな。気持ちを抑えきれないでいた。

 冷静になって考えたら向こうは僕の顔を覚えてたら知っているはずだ。

覚えてるのか、いや、もう忘れてるかもしれないな。けどこれだけコメ

ントしあう仲だから気づいてくれるだろう。そう自分に言い聞かせた。

結局その日はなかなか眠ることができなかった。



 必然の出会い


 Meguが帰国するまさにその日は朝から落ち着かなく仕事もままなら

ず、そわそわしていた。こんな気持ちは今まで感じたことがない。

 夜になり僕は空港へと車を走らせていた。一刻も早くMeguに会いた

い。だけど僕のことがはたして分かるのか。そしてMeguを見つけるこ

とができるのか、不安でいっぱいだ。考えながら運転しているうちに、

もう空港へ着いてしまっていた。

 平日の夜の空港は人影もまばらだ。今日は少し肌寒い。街灯のあかり

が弱々しく灯っている。ターミナルには見知らぬ外国人が聞いた事もな

いコトバで話し込んでいる。

 少し早めに着いたのでカフェでコーヒーを飲むことにした。コーヒー

を飲むと気持ちが落ち着くのだ。なぜかは分からないが昔からそうだ。

どんなに忙しい朝でもコーヒーだけは欠かさない。

 飛行機の離発着が眺めることのできる席に座り、滑走路を見ていた。

世界がここからつながっているのかと想いをめぐらせてやがてMeguへ

の想いにかわっていく。いったいどんな人だろう。いろんなことが頭の

中をかけめぐっていく。ワクワクする気持ちとドキドキする感じ。夜空

へテイクオフしていく機体が美しく、ランディング・アドバイザーの光

が遠くまで続いている。

 しばらくボーっと眺めていたら時間があっという間に過ぎていた。時

計をみると午後九時半になっている。確か十時だよな。カフェを出ると

ロビーに向かって歩いた。第2ターミナル北ウイングには迎えの人々が

少ないながらも帰国する人を待っている。僕もその中に混じった。

 やがて時計の針が十時ちょうどをさした。表示パネルがカタカタと音

をたてて回転している。ノースウェスト航空305便はすでに到着して

いる。まだ乗客は一人も出てこない。視線は出口ゲートにくぎづけだ。

 すると、一人の乗客が手荷物をかかえて出てきた。同時に何人もの乗

客がつぎつぎに出てくる。長旅のせいかみんな疲れた表情をしている。

このなかにMeguはいるに違いない。キョロキョロと僕は周りを見渡し

ながら探していた。しかしそれらしき女性はまだ見つからない。人の流

れもだんだん落ち着いてきた。本当にいるのか。不安がよぎる。

 乗客はすべて出てきたみたいだった。周りの人達もそれぞれ迎えるこ

とができた様子で次第に少なくなっていく。ついに僕一人になってしま

った。やはりダメだったか。僕のぬか喜びか。本気にした自分が情けな

い。大きく肩を落としてため息をついた。そしてもう一度ゲートに目を

向けて人がいないのを確認した。はぁーというしかない。

 帰ろうと振り返り駐車場へ向かおうとした次の瞬間、僕の前に一人の

女性が立ちはだかった。目に飛び込んできたその人は大きなカバンを抱

えてスーツケースの取っ手を握りしめていた。顔をみるとクルクルした

瞳でニコニコ微笑んでいる。一瞬で僕はその瞳に吸い込まれた。

 「Kohくん?」

 先に口を開いたのは彼女だった。

 「写真で見るよりおとこまえだね。」ハキハキとした口調に僕は自分

がなにをしゃべったらいいのか分からず、ドギマギしていた。

 「はい、これ。」彼女が手で差し出したものはあのバッジだった。写

真と同じように小さな手のひらに黄色いスマイルくんが微笑んでいる。

 「Megu?君がほんとにMeguなんだね。」

 「あたりまえでしょ。本人を前にして何それ?」

 「うわっゴメンっ。あまりにも突然だったからビックリしちゃって」

 「私はKohくんの写真をずっと見てたのよ。コメントもしていたし」

 「でも僕はMeguの顔、はっきりと見たの今が初めてだから・・・」

 実際初めて見るMeguは写真で見てたより細身で背が低い。でもブー

ツをはいているせいか高く見える。ショートボブのヘアーがかわいらし

くとても似合っている。やはりまつ毛が長い。口元は小さくて少しホク

ロがある。全体的に華奢な体型になるのかな。

 僕は差し出されたバッジを受け取って「ありがとう」と言った。

 「実は私、Kohくんに会いたかったんだ」

 彼女の口から以外なコトバがでたのでびっくりして、思わず「えーっ」

と叫んでしまった。

 「僕だってずっと会いたいって思っていたんだ。ここ何日かはずっと

Meguのこと考えてた。iPhoneの写真を見ながら」

 そう言うと彼女はポケットから自分のiPhoneを取り出してサッと指で

操作して僕にある画面を見せた。

 「ほら、お気に入り。Kohくんの。」

 なんと彼女もフォトシェアで僕の写真をお気に入りに加えてくれてい

たのだ。僕が今まで撮った写真がすべてMeguのiPhoneで見れるように

なっている。

 「Kohくんの写真ってなんか好きなんだよね。私と似てるっていうか、

視点っていうの?物の捉え方とか、構図とかが。なんか気になっちゃっ

て毎日のようにチェックしてたの。」

 「僕もだよ。Meguの写真を見て感性が似てるというか、世界観が素

敵だなあって。見ているうちに写している本人に興味がわいてきて会い

たいなって。」

 そう言った瞬間に僕たちは顔を見合わせて同時に叫んでいた。

 「これって運命!」

 笑いがこみ上げてきて二人して大笑いしていた。なんということだ。

こんなことってあるのか、いやこうして現実に巡り会っている。運命と

しかいいようのない出会いだ。まさに必然の。映画かマンガの世界だけ

にしかないと思っていた。本当にビックリだ。

 僕とMeguは駐車場に停めてある僕の車に向かった。

 「ほんとに送っていいの?」

 「ここまで来て歩いて帰れっていうの?」

 「違う、違う、初めてあった日にいいのかなあって」

 「初めて会った気がしないのよね。ずっと見てたから・・・」

 「あっそうか、その感覚、僕もある」

 「なんとなくKohくんの性格とかも分かるような気がしてて」

 「それって不思議だよね」

 「うん、不思議」

 車に乗り込んでゆっくりと空港を後にした。



 始まりはスマイル


 Meguの家は都内の静かな住宅地のなかにあった。空港からの帰り道

車中でお互いのことをたくさん話した。今までの人生がどんなものだっ

たか、家族のこと、友達のこと、仕事のこと。話しているうちにやはり

共通点がたくさんあることに気づいた。僕も次男で彼女も次女。自由奔

放に育てられて、ワガママなところとか行動範囲が広いとか、フットワ

ークが軽いなど。写真はどうやら趣味で撮っているらしく、仕事ではな

かった。Meguの仕事は以外にも元ベビーシッターだった。

 「今はね、ベビーシッターを紹介する仕事をやってるの」

 「斡旋ってこと?」

 「そうね。東京は保育所や保育園の数も少ないし、待機児童がますま

す増えているでしょ。だから働くお母さんのために自宅で子供の面倒を

みてくれるベビーシッターを紹介して少しでも安心してもらおうと思っ

て始めたの」

 「へえーっ、なんかすごいなあ」

 「でもね、なかなかうまくいかないよ、現実は。うまくマッチングで

きればいいけど、ベビーシッターだからって赤の他人でしょ。そういう

の嫌う人もいるしね。家の中に入られるのも嫌だって」

 「難しい仕事だね」

 「うん、でもやりがいはある」

 Meguの眼差しが真剣だったのを僕は見逃さなかった。

 「Meguっ、僕とつき合ってくれないか」

 「えっ」

 「だからつき合ってほしいんだ」とっさに僕はそう言っていた。

 迷いはなかった。直感的にMeguとならうまくやっていけると感じた

のだ。

 少しだまってから僕に向かって言った。

 「束縛しないって約束できる?」

 「約束するよ」

 「ほんとに?」

 「ほんとに」

 「じゃあ、よろしくね」

 そう言うと手を差し出した。Meguの小さな手と僕のごつごつした手

が重なった。握手してMeguの顔を見ると、僕のために買ってきてくれ

たスマイルバッジのようにニコッと微笑んでいた。

 車を家の前に停めて荷物を降ろし、玄関まで送っていった。

 「今日は本当にありがとう」

 「突然あんなこと言って平気?」

 「うん、私のほうこそ、いいのって」

 「いいにきまってるよ」

 「わがままだよ」

 「僕も」

 そう言うと二人して笑っていた。真夜中近くの空気はピンと張りつめ

ていて頬をきゅっとしめてくれるが、この時ばかりはゆるみっぱなしだ

った。



  

 

 








                                                     


3 件のコメント:

  1. フィクションにしろノンフィクションにしろ
    なにやらワクワクする展開だねぇ~

    ネットでの人のつながりは今の世の中では
    もう当たり前のことなので・・・

    携帯・PC等おれ達は過渡期の世代だから
    その変遷をこれからも肌でひしひしと感じて
    行くんだと思う今日この頃。。

    返信削除
  2. 私も、わくわくした!
    内容も今風ですごくいい感じ!

    次が楽しみ〜〜〜!

    返信削除
  3. 展開がすごくおもしろかったです。
    私もこれからどうなって行くのか、たのしみ!!



    本当に技術は日進月歩ですね。

    携帯電話がこんなに進化するなんて、初めて手にしたときは思ってもいませんでした。

    なんだか恐ろしい気もしますが、いま私があたりまえに過ごしている日常も、100年前には同じく信じられないことでしょうし。

    そう思うと不思議です。

    返信削除