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2009年10月31日土曜日

僕らをつなぐもの  4

旅人の木


 渋谷に戻ると猿楽町にあるGrapefluit Cafeにコーヒーを飲みにでかけた。

3階にあるこのカフェは僕のお気に入りのカフェのなかのひとつだ。いつも

コーヒーとスコーンをセットで頼む。スコーンは味がプレーンなのがいい。

 窓際の席にすわり外の景色を眺める。明日の未明にはMeguはもうアメリ

カなんだな。そう思いながらコーヒーを口にした。

 カフェの音楽がアコースティックギターのサウンドでとてもここちいい。

 iPhoneを取り出し、フォトシェアで過去の写真を見る。自分で撮った写真

はみれたものでないが、Meguのはほんとうに素敵だ。ここ最近の日付のもの

のなかに僕あてのコメントの写真をみつけた。

 「このあたりを見てね」Megu

 そこに写っていたのはあのタビビトノキだった。そして写真にお絵描きソ

フトで矢印が描き込まれていた。矢印のさきが示している所は観葉植物の鉢

のあたり、根っこのあたりか。何か白いものが貼ってあるのが見える。なん

だろう。今度家に行った時確かめてみよう。

 しばらくカフェですごした後、事務所へ向かった。今度開催されるデザイ

ンコンペティションへ提出する作品を練り直さなければならない。いつも僕

は早々に落選していたが、今回はなんとしても勝ちたかった。デスクに座り

パソコン画面に没頭した。

 以前まではどうせ勝てないからと適当にしていたのだが、Meguと出会って

から気持ちが変わった。自分の仕事に責任をもって真剣に取り組んでいる姿

を見て僕もこのままではいけないと感じるようになったからだ。今度こそは

必ず勝って自分のものにしたい。その日は夜遅くまで集中力がとぎれること

がなかった。

 あくる日からさっそくフォトシェアにはMeguのニューヨークでの写真が

アップされ始めた。毎日、毎日、何枚も何枚も。そしてコメントがこれだ。


 「Kohこれ見て!かわいいよ」

 「KohこのTシャツ似合いそう」

 「Kohこのピザ大きすぎ!半分食べる?」


 って食べれるわけないだろっ。ほんとにMeguは楽しんでるな。

 行く先々でMeguのはしゃぐ声が東京まで聞こえそうだ。僕はかわりに自分

のヘン顔をアップしておいた。


 「何それ、へんな顔!」Megu 

 「Meguばっかりずるいな」Koh

 「だからKohもくれば良かったのに」Megu

 「やっぱいいな、ニューヨーク」Koh

 「明日はグリニッジビレッジへ行くよ」Megu

 「気をつけてね」Koh

 「ハーイ」Megu


 こんな調子であっという間に1週間が過ぎていった。

 Meguが帰る前日再びMeguの家に行った。観葉植物に水をやりながら写真

に写っていたあの白いものを探した。前見た時は気づかなかったが根っこの

部分に白い紙がたたまれて貼られている。

 手に取って開いてみると、Meguの直筆の手紙だった。

 

 「Kohへ  

  ずっと一緒にいようね     Megu」


 Meguも同じ気持ちだったのが何よりもうれしかった。直接面と向かって

言わずにこんなカタチで伝えてくるなんてMeguらしいな。

 ベランダから見える東京の空はさわやかな秋晴れのブルーが広がっていた。


 次の日は昨日とはうってかわって、朝から小雨がぱらついていた。気温も

ぐっと下がり、かなり冷え込んでいた。

 僕は厚手のコートを車に積んで空港へ向かった。ワイパーの音が車内に小

さく響き、カーステレオの電源を押す。くるりの「ばらの花」がかかる。

 たった1週間だけなのにMeguがそばに居ないとなんだかさびしかった。

フォトシェアなどでコミュニケーションをとっていても、やはり近くて遠い

気がしていた。リアルでないと満たされない心のスキマがあるように思う。

 空港へ着いてMeguが到着するのを待った。

 初めて会った日のことを思い出していた。そういえばなかなか現れない

Meguにヤキモキしていたな。あの出会いがきっかけで僕たちはつきあうよ

うになったんだよな。


 「Kohーっ!」遠くから僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 「Kohーってばー」

 Meguだ。

 「ただいまー」

 「おかえり、疲れただろ」

 「ううん、平気。それよりも早く帰ろうよ。Kohに見せたいものがあるの」

 「何?」

 「帰ってからのお楽しみ」

 「何だか荷物が増えてるなあ」

 

 僕たちはすぐ空港をあとにした。まっすぐMeguの家に向かった。

 家にかえるやいなや、Meguはたくさんの荷物をかたっぱしから開け出し

てひとつひとつ取り出した。


 「ほら、これみて!かわいいでしょ。赤ちゃんのためのおもちゃよ」

 「これは絵本でしょ、あとこれはね、前かけに使うもので、ほら、プリン

トのイラストがかわいいでしょ」

 「それにこれは・・・・・・」

 なるほど仕事用のベビーグッズか。またたくさん買ってきたな。感心する

よ。

「それと、Kohに似合うと思ってこれ買ってきたよ」

 「えっ、俺に買ってきてくれたの」

 「今度はなくさないでね」

 Meguが手にしたのは僕が前になくしたものとそっくりのキャップだった。

 「あとね、Tシャツでしょ、ステッカーもあるし、ほらこれも」

 「あっ、これ俺がずっと欲しいと思ってたデザインブックだ。ありがとう

Megu」

 Meguは僕が以前から欲しいともらしていた本をちゃんと覚えてくれてい

たのだ。

 「本屋さんをたくさん見てまわったら、ソーホーのショップに1冊だけあ

るのをみつけたの」

 それにしてもベビーグッズと僕のために買ってきてくれたものばかりなの

でさすがに気になって聞いてみた。

 「Meguのは?」

 「えっ」

 「自分のは何か買ってこなかったの?」

 「あっ、忘れてた!」

 「ほんとかよ」

 そんなMeguがあまりにも愛おしくてギュッと抱きしめた。

 「うっ苦しいよKoh」

 そして僕たちはキスをした。時間がとまったように。

 「そうそう、ちゃんと水をあげてくれた?」

 「タビビトノキだろ、あげたよ、たっぷりと」

 「・・・見た?」

 「えっ、あっ手紙だろ」

 「うん」 

 「うれしかったよ」

 「ほんとに?」

 「俺も同じ気持ちだったから」

 「ほんとに、うれしい」

 

 その夜、僕たちはお互いの愛を確かめあった。



                                           

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