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2010年2月26日金曜日

お好み焼き 道草

    天満橋から大川をすいすい泳ぐように走っている水陸両用車を発見!






さて、鉄道広告社ビルである。昨日は天井に取り付けるシーリングファンが届くというので
受け取りをするために向かう。
午後2時から4時に指定していたので2時には現場にいなくてはならない。少しはやい1時ごろに着いたのでお昼を食べようと、前回チェックしておいたお好み焼き「道草」へ行くことにした。
俺の直感にくるいはなかった。入った瞬間に確信する。
年季のはいったカウンター10席のみの店。
ビールセット980円を注文した。

「おでんを三品選んでな、兄ちゃん」とママ。
大根と厚揚げとゴボ天にする。
びんビールはスーパードライ。
お好み焼きはブタ玉を頼んだ。

焼き上がるまでおでんと戯れる。
あー至福のひと時。

こういう店が街的というのだ。

なぜかミカンとチョコレートがでてくる。

「これ持っていき」とママは言う。

お好み焼きが焼き上がると、ちゃんと食べやすい大きさに切り分けてアツアツの鉄板ででてくる。
味はこれぞ大阪スタンダード!ど真ん中直球ストレートだ。
うまいうまいと一気にたいらげる。

ふぅと、一呼吸。
コーヒーがでてくる。

えっ、頼んでないのに。

まっええか。
至れり尽くせりやな。
お世辞にもうまいとは言えないインスタントだが、気持ちがこもってるからいいのだ。

しかし後で考えたら、これだけでてきて980円って安っ!

単品の値段のメニューで計算したらゆうに1500円はいってるで。
ママええの?
まああんまり気にしてへんな。
そこがええ店たるゆえんやな。

またひとつ、俺の腹を満足させてくれる店が増えたのだった。

2010年2月23日火曜日

『月刊島民』のつくりかた


  扇町クリエイティブカレッジ!大阪カルチャークラスター!!@common's cafe

編集集団140Bの一員として今や大活躍の編集者である、大迫力(おおさこちから)さんの
講座に参加してきた。
大迫さんはもと『Meets Regional』誌の編集に携わり、06年に株式会社140Bへ。
フリーペーパー『月刊島民』の編集や出版、「ナカノシマ大学」の講演会のコーディネーターなどその活躍は多岐にわたる。
今回の講座はその『月刊島民』のつくりかたと題して、編集方法や、街との良いつき合いかたについてレクチャーしていただくというものだった。
会場のコモンカフェは大阪市北区の中崎町にある。平日の夜にもかかわらず、たくさんの人が
話を聞きに集まった。『月刊島民』の人気のほどがうかがえる。
現在3万5000部が発行されているという。ちょっと驚いた。

話は『月刊島民』ができるまでを時系列でふりかえりながら、そのコンセプトや、核になる考えかたなどを分かりやすく説明してくれた。
始めた当初、スポンサーである京阪電車の中之島線が開業するまじかで、中之島自体も開発ラッシュだった。イメージとして年配のかたでも読める雑誌=持っていても恥ずかしくないもの
かわいいよりも渋くいこうとした。
そしてとことん中之島にこだわって中之島らしさを追求していくとこんなカタチになっていった。
そこには実感にもとづいた誌面作りがある。同じ場所でも視点を変えれば様々な切り口がある
そういった徹底的に街を面白がる姿勢が誌面に現れている。
「消費にアクセスしない」フリーペーパーをつくっているという自負。
まったくといっていいくらい消費する情報は載っていない。へたな広告も一切ない。
だからこそこの時代にうけているのではないだろうか。みんな今までの雑誌の手法には飽き飽きしている。さらにデータ的な情報はインターネットですぐ手に入るということも分かっている。データではない「顔がみえる」情報。そこにはおせっかいという他者への要求がある。
さらに外部に対して開放するという柔軟さ。
そういったこともひっくるめてやはり共同体(コミュニティ)の形成がうまくいっているのが
この『月刊島民』なんだと思う。
人と人のつながりを大切にしているし、お互いが敬意と信頼関係にある。
「この街にしかないものをどれだけみつけられるか」から
「今あるものでやりくりする方法を面白がることが面白いでしょ」へ。

提供者と享受者とのわかちあう感覚。
街とのつきあいかたも面白いから君も参加してみたら・・・という「シェア」する感覚。

そしてミドルメディアとしての『月刊島民』
中間共同体として今後、媒体よりもプラットフォームを重視していく。
おせっかい=「贈与」の別形態としてのナカノシマ大学も充実していきたいと意気込んでいた。

本当に面白いものはお金で買わなくてもそこらじゅうにころがっているのだ。

2010年2月21日日曜日

産消提携国際シンポジウム




久しぶりの快晴のもと、神戸学院大学・ポートアイランドキャンパスへ行ってきた。
「地域がささえる食と農」神戸大会のシンポジウムに参加するためだ。
この大会は地域の農業と消費者を守るにはどう行動すべきかを考えるイベントで、2月18日から22日までさまざまなプログラムが組まれている。
21日の今日は産消提携国際シンポジウムの基調講演があり、ゲストが招かれ話を聴くことができた。






エリザベス・ヘンダーソン氏(提携実践有機農家・CSA市民ガイド著者)


「世界のCommunity Supported Agriculture」と題して、エリザベス・ヘンダーソン氏の講演から始まった。
27年以上にわたり、有機農業に従事しCSA、有機農業の普及に取り組み世界中を駆け回っているパワフルな人だ。
このCSAというのはコミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャーの略で日本語に訳すと地域支援型農業という。
ヘンダーソン氏によれば「提携」「AMAP」「ASC」「Reciproco」など世界中で呼び名が違えども本質は同じだと。地元でつくった食べ物をめぐって、つくる人と食べる人とのコミュニティ(共同体)がたくさんつくりだされている。
活動的な市民は、環境によい農業とそれに伴うリスクと恵みを分かち合うことに関わっている。
20世紀「開発の世紀」を通して、食べ物をうみだす大地と人間が切り離され、そして南でも北でも、多くの国で、この数十年を通して広がった自由貿易によって、伝統的な家族農業が追いやられ、存亡の淵に立たされている。食べ物のまつわるさまざまな問題--食中毒や食べ物による病気、ミルクやその他食品の遺伝子汚染や科学物資による汚染などが起き、工場的な大規模農場がうみだす輸入食品への信頼は損なわれている。そのような事態に対し、CSAは、総合性や健全性、経済的活性を取り戻すために活動している。

そして最後に「私たちはお互いに学べば学ぶほど、また、お互いに支え合えば合うほど、より早く、持続的で平和的なコミュニティに近づくことができるでしょう」と述べた。

今回の講演に先立って挨拶された参議院議員のツルネン・マルティ氏のメッセージのほうが今のわれわれにとって大事なのではないかと感じた。そのメッセージの全文を掲載する

「いまや、人間は合理主義や市場経済主義の『奴隷』になってしまった。合理主義や市場経済主義は人間がコントロールできれば大きな役割をもつ。人間はこの『奴隷』ではなく『主人』であるべきだ。
『自然に従う生き方』をすれば、誰もが自然からの恵みをうけながら創造力と自分に与えられた才能を生かし、社会の健全化に貢献できる。そうすれば、人間社会は、もっとすばらしくなる。
『自然に従う生き方』に基づく農法では、人間は動植物と同様自然の一部であり、自然のお陰で生きている。自然の中には、余計な生き物が一つもない。生きとし生けるすべてのものに存在価値があり、目的がある。
『害虫』と呼ばれる虫は一つもない。また、すべての『雑草』にも田畑で果たす役割があり、すべての生物と共生しながら農作物が育つのである。田畑で育つすべての草は、そこから外へ持ち出す必要がない。なぜならば、それらの中にあるミネラルや他の栄養分が農作物にとって堆肥になるからだ。山や森では全ての生き物が調和しているし、互いを必要としている。
「地域がささえる食と農〜神戸大会」では、自然に従う生き方と農法をともに学びましょう。
日本の農と食の未来は有機農業にあると固く信じています」

http://kobe2010.net/jp/index.html



























2010年2月16日火曜日

街の本屋の閉店とウェルかめ




BMCの本契約のため、午後天満橋へ向かう。時間がかなりあったのでOMMビルの地下街をのぞくことにした。平日ということもあり、人が多くにぎやかな感じがした。奥のほうへすすむとアバンティ・ブックセンターが見えた。入り口に貼り紙がしてあり「閉店のお知らせ」が掲示されていた。なんと今日が閉店の日ではないか。ここにも不況の風がふいているのを実感するとともに、せっかくきたのだから本を何冊か購入しておこうと思い、新書を2冊買った。

珈琲館でコーヒーを飲みながら、買ったばかりの新書を読むことにする。すらすら読める本だったのであっという間に読み終えて店を出た。

そのまま天神橋筋商店街をぶらぶらすることにした。かなり寒い気温だったが商店街はそこそこの人出でにぎわっていた。商店街①の入り口まで戻るカタチで南下していく。
「上等カレー」のお店を右に見ながら、左折すると以前フリーペーパー「ノッテ・オリテ」で紹介されていた「フジハラ・ビル」がある。
すると、なにやら騒がしい。警備員やら交通整理のスタッフがわんさかいた。どうやらなにかの撮影らしい。少し様子をみていると、大阪のおばちゃんはさすがに早い。「これ何撮ってまんの?」と警備員のかたに聞いていた。すると警備員のかたが「NHKのウェルかめです」と答えていた。
「ウェルかめ」かと思って通り過ぎようとした瞬間、「はいよーい、はい!」の撮影開始の合図。よくよく現場をみるとそこには携帯電話を耳にあてながら演技をしている女優の室井滋さんの姿が・・・。
さすがに驚いた。写真はやはりとれなかったが、大阪のしかも天満で撮影がおこなわれていたとはびっくりだった。
しかしこの「フジハラ・ビル」、ちゃっかりロケ撮影の貼り紙を掲示しているあたりが大阪らしいなと思ってしまう。なにもしないほうがいいのにな。余計なお世話か。ビルが素敵なだけにちょっと残念な感じだ。


       

「フジハラ・ビル」から歩いて5分もすればBMC本部がある鉄道広告社ビルだ。
少し手前に広めの公園「滝川公園」もある。
約束の時間がきたのでそちらに向かった。
契約書に署名、捺印して契約を交わす。3月1日引き渡しとなり、2日に引っ越し予定だ。

それにしてもロゴをどうするか、集合看板も作らなければならないのに、まだ決まってないのだ。むむむむむ。






















2010年2月13日土曜日

ハーフボイルドでいこう




「青春というのはそういうもんだよ」
「おれはもっと自由でいたいんだよ」
「ほんのなにげない優しさがほしいんだ」

ずっとこの気持ちは変わらないと思う。
そしてテーマは「ハーフボイルド」。
四十歳にして道を切り開くか、乞うご期待!

2010年2月6日土曜日

John Lennon Museum


「ジョン・レノン・ミュージアム」(さいたま市中央区)が今年の9月30日で閉館することが決定した。オノ・ヨーコさんと結んでいる10年間のライセンス契約が満了するためだ。
さいたま副都心駅直結の大型多目的施設「さいたまスーパーアリーナ」の中にあり、オノさんが唯一公認した博物館でジョンの愛用したギターや、子供時代の写真など遺品約130点が映像などと併せながら40年の生涯を紹介している。
このミュージアムには一度だけ行ったことがある。東京から何度も電車を乗り換えてかなりの時間をかけて行った記憶が甦る。
館内に入ると、エスカレーターで上層階まで上がり、そこからゆっくりと展示スペースをまわりながら、階下へ降りて行くしくみになっている。
ZONE1から9まで観終わると、FINAL ROOMにたどり着く。そこにはジョンの魂のメッセージがホワイトボードと透明のアクリルボードにびっしりと書かれてあり圧巻の一言しかいいようがない。
そこに来てはじめて来館者はジョンと心と心で向き合えるのだ。ある者はイスに腰かけながら眺め、ある者は立ちつくしながら微動だにせず、ある者は涙してそのメッセージを受けとめている。
僕はその場からしばらくの間動くことができなかった。文字のひとつひとつにくぎ付けになっている自分がいたのだ。そして涙が自然とあふれてきた。なんともいえない気持ちと充実した感じが身体のなかをかけめぐっていたと思う。
ジョンの人生をめぐっていたつもりが、自分の人生を考えていたことに気づいたのだ。
同じような感想をもった来館者のコメントを最後に紹介する。

「ジョンの生きてきた人生は、今日確かにここにあった。ゾーンを進んでいくうちに、どんどん私の内側に入ってきた。ファイナル・ルームでジョンは確かに私の一部になった」
(28歳・女性)

「こんなに涙するとは想いませんでした。自分の今の環境、人生をいろいろと考えさせられました。最後のファイナル・ルームは、ジョンに勇気をもらった気がします。もう少しがんばろう、一日を大切に考え、生きていこうと思いました」
(20代・女性)